『Gloria in excelsis deo』 黒巣市A.D.2026−Act III
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 Master Scene 「新たな幕開け」
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 王侯として選ぶことも侮ることもできる私たち
 世界を古い蝶番から外すこともできる私たち
 その私たちが今や衰え 死にそうに疲れてあたりを窺い
 私たちに最高のものが欠けていると考えねばならぬとは――




 『――シュテファン・ゲオルゲの一節ですか。珍しいですね』
 「私にしては殊勝…という意味での感想かな?」
 『陽も時には陰るでしょう』
 微かな笑みにて暗喩するのは、彼の傍に控える女性。
 「そうだね。霧は余分だったかな、七日の後に消してしまおう」
 男は素直な肯定を冗談めかして、微かな棘を含んだ女の言葉を包み込んだ。

 「最下層のデータはどれだけ残っているのかい?」
 『“少年”が一瞬映っていたのみ、とのことです』
 「それ以降は?」
 『存在しません』
 「困ったものだね。これでは“彼ら”に弁明が立たない」
 ふぅ、と小さく息を吐く。
 「“霊子砲”は陽光見ずして朽ち果て、“第三夜”は成らずして幕引きを迎えた」
 「そして私自身も手負いとなり、こうして無様な姿を君に晒している」
 眼鏡を掛けた初老の男が柔和に笑い、大仰に両手を広げ肩を竦める。
 その仕草に、右腕の肘から先――芯を失くして垂れ下がった背広の袖が、滑稽に揺れた。
 「油断、不慣れ、地の利。そして……いや」
 「私が何を言っても負け惜しみにしか聞こえないというのが――いやはや、これは称賛に値すべきだよ」
 呟く当人の顔には焦燥も翳りもなく、
 「“彼ら”は偉大なる先代を悼むと同時に、『今代はやはり駄目なのだ』と」
 「落胆と好奇と侮蔑を以て“僕”を迎えるんだろう――ああ、気が重いよ」
 無邪気な子供にも似た微笑を湛えて湖面を仰ぎ見る。

 深い霧は相変わらず湖面を覆い尽くしている。
 数時間前には存在していたはずの巨大な塔も、今は無く。

 「最下層での出来事。全ての秘密を抱えたまま、クロスタワーは静かに崩れ落ち、湖の底へ――」

 迎えたのは崩壊ではなく、一つの終幕の形にしか過ぎない。
 あるがままを見つめる男の眼差しは湖面のように穏やかに、
 叙事詩のように歌い上げる口調は流麗に。
 彼の左手には鮮やかに切断された己の右手。
 大きく腕を振って、濃霧に沈む湖水へとそれを投げ込んだ。

 『しばらくは復旧に専念なさいますか?』
 遠くの水音に間を置いて、それまで黙っていた女が口を挟む。
 「そうだね。“志貴野”が無い状態は好ましくない。多少の時間は必要となろう」
 『時として権力が足枷にも』
 「便利な道具でもあるけれどね」
 無為に費やす時間に有為を与える。
 その喜びに“火鷹”が微かに笑い、最下層で手放したはずの金色の剱を左手に空へとかざす。

 「故に“僕”は適度に無能でいよう。成る可く他に意識と時を費やしたくはない…今は、ね」

 欠けも曇りも無い刀身が日に比する光を放つ。
 その黄金に呼応し、幾重にも重なる濃霧のヴェールが僅かに開け、
 久方ぶりに姿を表した陽光が周囲の白い闇を黄金で満たす、刹那の時間。

 「“彼の申し子”も壮健であるようだ。あれも大切な成功例には違いない」
 「だが、あれ一つを以て成就足り得ない。だから――“戯女”」

 『はい』
 心得ていますと、光に紛れて静かな闇が小さく笑う。


 『それでは、次のプランを』




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 DOUBLE+CROSS THE 2nd EDITION
「『Gloria in excelsis deo』黒巣市A.D.2026−Act III」